近畿大学人権問題研究所
主任教授 北口 末広
採用活動や雇用は企業が果たすべき重要な人権課題であるとともに、企業の存続発展の基盤である。とりわけ今日の日本における少子高齢化をはじめとする人口変動は、採用活動の在り方を大きく変えようとしている。人財確保である採用活動は、企業が作り出した製品・サービス等を消費者等に向けて販売する以上の重要課題になりつつある。
日本の人口減少はわずかであるが、生産年齢人口だけを取り上げると大きく減少している。1995年の約8700万人から20年後の2015年には約7650万人となり、1000万人以上も減少している。10%以上の減少である。これまではその減少分以上に65歳以上の高齢者が増加してきた。この傾向は今後もしばらく続く。高齢者の増加によって人口減少が覆い隠されてきたといえる。子ども人口は一世代ともいえる35年で半減した。端的にいえば若手応募者が半減することを意味している。これから2042年頃までは高齢者の絶対数が増加し続け、高齢化率はその後も増え続ける。
上記のように生産年齢人口が大きく減少しても実際に生産に携わる労働力人口は、約6790万人(1997年)から約6600万人(2015年)と200万人弱しか減少していない。これは女性と高齢者の就業率が増加したからである。こうした就業人口の変化は公正採用の概念や採用環境をも変化させてきた。
また雇用をはじめとする障がい者差別撤廃を促進する法制度の改正は、企業に「障がい者差別撤廃」から「障がい者の自己実現」を支援する役割を求めるようになった。それだけではない。これからは国の政策動向からも外国人労働者が増加していくことは自明である。まさに雇用と人権が企業活動にとって益々重要な課題に浮上しており、公正採用人権啓発推進センターが行っている「認証事業」が企業価値を高め、採用活動における不祥事を防止する上で厳正な基準を示すものとなっている。採用活動における人権監査の役割も果たす「認証資格」を取得することは、採用コンプライアンスの観点からも重要である。今日における公正採用基準を満たさない採用活動で不祥事が発生すれば企業価値は大きく低下する。不祥事が発生してからの事後的コンプライアンスよりも不祥事が発生する前の事前的コンプライアンス、予防的コンプライアンスの視点が強く求められているのである。
一方でIT革命の進化をはじめとする科学技術の進歩は、採用環境や雇用環境だけでなく産業構造も大きく変えつつある。就職活動のビッグデータを活用して内定辞退率を企業に販売していた企業が大きく指弾されたが、そのデータを購入していた企業も批判の対象になった。産業構造の大きな変化は、個人情報としてのビッグデータを積極的に活用してビジネスを展開する時代に入っており、常に個人情報流失やプライバシー侵害と表裏の関係にある。採用面でも自覚しないまま個人情報やプライバシーの侵害につながっている活動に関わることもあり、不作為の不祥事になっていることすら存在する。
以上のような企業を取り巻く環境変化は、個人情報保護も含めた公正採用のさらなる強化を求めているといえる。それは形式的な公正採用ではなく、積極的差別撤廃雇用政策である。雇用の面におけるアファーマティブアクション(積極的差別撤廃策)ともいえる。こうした取り組みの強化は、企業の社会的評価を高めるだけでなく確実な人財確保にもつながり、企業にとっても重要なプラスをもたらす。
かつて社会的課題解決と競争力強化の両立を理念に掲げたマイケル・ポーター教授のCSV理論(Creating Shared Value)は、企業は社会と共有できる価値を創出すべきだと説いた。CSVとは、社会的課題の解決と企業利益、競争力向上を両立させ、社会と企業の両方に価値を生み出す取り組みである。そのCSVの3つの方向性として、①社会的課題を解決する製品・サービスの提供、②バリューチェーンの競争力強化と社会への貢献の両立、③事業展開地域での競争基盤強化と地域貢献の両立を提起した。その地域貢献の最重要課題が働く場を提供するという企業の採用や雇用活動である。
このように雇用はCSVの観点からも企業にとって極めて重要な課題であるといえる。社会的課題の解決としての雇用だけではなく、企業利益、競争力向上のためにも雇用は重要課題なのである。応募者は企業の重要なステークホルダーでもあり、公正な採用と快適な職場創造が企業の長期的発展を可能にする。雇用の在り方が企業の盛衰を決定するといっても過言ではない。
企業は人を雇い入れ、それらの人々に働いていただき、働いた人々が稼いだお金で企業が作り出した製品・サービスを買うことによって成り立っている。企業から見れば応募者、労働者、消費者が存在するからこそ経済は成り立っているのである。まさに人々の労働は企業存立の基盤であり経済の源泉である。企業にはこれら三者のステークホルダーが存在し消費者には安全な製品・サービスを提供する厳密な基準が法的に整備されており、労働者にはその働き方に関わって労働基準法をはじめとする厳格な法整備がなされている。応募者が採用されるときにも職業安定法等の法整備がなされているものの、消費者・労働者に関わる法整備に比較すれば十分とはいえない。しかし今後の採用環境や雇用環境をふまえれば応募者に対する公正採用基準はより厳格になるといえる。そうした基準を先取りしている公正採用人権啓発推進センターの「認証事業」は、他にない事業であり、これを活用することで企業は、採用不祥事を減少させることができる「資格」であるといえる。
労働は採用されて働く者にとっては、多面的な生活の基盤でもある。つまり労働は人間的尊厳の基盤(誇りの基盤)であるとともに、経済活動の基盤(生活の基盤)であり、個人と社会の関わりの基盤(社会の基盤)である。それだけではない。採用活動や雇用は、コンプライアンスにとっても重要な課題である。公正採用や雇用に関連する各種法制度等には、労働基準法や職業安定法・指針だけでなく、個人情報保護法、各種差別撤廃法、厚生労働省の各種規定・指針、経団連の企業行動憲章等が深く関わっている。国際的視点でもSDGsやILO(国際労働機関)をはじめとする各種国際機関の基準等が密接に関連している。
以上のような企業を取り巻く環境の変化をふまえ、採用活動における不祥事を防止し、企業価値と企業評価を高めるために、積極的な「認証事業」への参加を呼びかける次第である。
2020年1月
近畿大学人権問題研究所
主任教授 北口 末広