人権問題を考えるときに忘れてはならない重要な一つが、正確な現実把握であるといわれている。誤った情報やフェイク情報(虚偽情報)によって、事実誤認をすれば現実を正しく捉えられなくなる。それは間違った方針や行動につながり、予断や偏見を助長する。そして差別言動につながっていく。その意味で情報を批判的に読み解くとともに、情報を多くの媒体を駆使して正しく発信していく情報リテラシーは、人権教育の中でも最重要課題といえる。
社会に出る学生にとってはとりわけ重要である。例えば就職活動をしている学生が、企業情報を正確に把握できなければ、ブラック企業に就職してしまうことになりかねない。まさに誤った情報やフェイク情報を見抜く力は、自身の人権を護るためにも極めて重要なことなのである。それだけではない。誤った情報を信じて友人知人に伝達すれば、自身も自覚しないうちにフェイク情報を流す加害者にもなってしまう。
今日の情報リテラシーでは、マスメディアリテラシーだけではなく、ネット情報リテラシーも日々重要性を増している。それらについて本連載で考えていきたい。
メディアが持つ情報力やネット情報のパワーは極めて大きく、政治、経済、社会全般に圧倒的な影響を与えてきた。差別撤廃・人権確立の取り組みにも多大な影響を与えている。まさに「情報がすべてを決する」ような事態が日常的に惹起している。情報が、政治や社会、経済を悪化させ、人々を不幸にしたこともあった。その代表的な歴史事例の一つが多くの読者もご存じのナチス政権下のドイツであった。
経済も同様である。情報によって株価や為替が大きく変動し、人々の生活に大きな影響を与えてきた。経済の実体を大きく超えてバブル経済が発生したのも情報に負うところが大きい。1980年代後半のバブル経済はその最たるものだった。本来、土地の価格は、その土地を利用してどれだけ利益を上げることができるかが基本だが、それらを遙かに超えて高騰した。株価やゴルフ会員権も同様であった。
情報が新たな情報を呼び、さらなる情報を作り上げていった。それらの情報に人々は極めて脆弱であった。今もその体質は変わっていない。バブル経済が頂点に達した頃、多くの人々はバブル経済がいつまでも続くかのような振る舞いをした。こうしたことが差別問題で発生すれば、差別意識や偏見を一層悪化させてしまう。それは多くの歴史的事実が顕著に物語っている。先に紹介したナチス政権下のドイツでユダヤ人大量虐殺が起こったのも、ユダヤ人に対する多くの偏見を煽るフェイク情報が関わっていた。
次回からこうした情報流布の現状と私たちがこうした情報に翻弄されないためには何が求められているのか。人権の基底としての情報リテラシーの視点で考えていきたい。
北口 末広(近畿大学人権問題研究所 主任教授)