「ビジネスと人権」は、バリューチェーン全体で展開される企業活動と人権との関わりを包括的にとらえる視点です。もちろん、事業の種類、国・地域、そして時代によって人権との関わりは様々です。事業・業務が人権とどのように関わり、人権にどのような影響を与えているかを考える必要があります。
そのためには、人権を「誰の何の権利か」と、具体的に考えることです。日本では、人権を「やさしさ」や「思いやり」と同義の抽象的なイメージでとらえがちですが、ここでの人権は極めて具体的です。
まず、「誰の」権利かを考えます。企業に関わる「誰」は、取引先を含むバリューチェーン全体のステークホルダー、労働者、消費者、地域住民などです。侵害の被害は社会的に弱い立場の人々に集中するので、子ども、女性、LGBT(性的少数者)、外国人、障害者などの声は重要です。国連「ビジネスと人権に関する指導原則」では、「誰の」を担保するため、エンゲージメント(対話・協働)が重視されています。
次に、「何の」権利かを考えます。バリューチェーンは国境を越えて広がるため、国際的に認められた人権が起点になります。1948年の世界人権宣言では、生命の権利、労働の権利、健康への権利、教育の権利など、誰もが差別なく享受する人権が具体的に規定されています。人権は英語では「Human rights」で、数えることができる加算名詞なのです。
最後に、具体化した人権に事業・業務を結びつけます。例えば、健康への権利を考えると、労働者ではメンタルヘルスや長時間労働に対する健康管理が、消費者では食品の安全性や肥満を助長しないマーケティングが、地域住民では公害、廃棄物や工場排水の管理が関わります。調達元からのQCD(品質・コスト・納期)要求で適切な労働時間や健康管理が保てるかは「取引先の労働者の健康への権利」の問題です。
このように考えると、人事のみならず、調達、製品開発、マーケティング、環境保全などあらゆる事業・業務が人権と関わっていることがわかります。
菅原絵美(すがわら・えみ)大阪大学博士(国際公共政策)。専門は国際法、国際人権法。