「ビジネスと人権」の視点から、日本の政府および企業が抱える課題を取り上げます。
国連ビジネスと人権に関する指導原則では、第一の柱として国家の人権保護義務を規定しています。国家は、企業が人権尊重責任を実現できる環境を創り出す義務を負っており、日本政府も2020年10月にビジネスと人権に関する行動計画を策定しました。
しかし、現行施策に何が足りないのかというギャップ分析は行われませんでした。このため政府による新たな取り組みはあまり盛り込まれていません。日本社会にとって「ビジネスと人権」という課題は何を意味するのか、そのビジョンも提示されていません。
国内外の「ビジネスと人権」の動きをみると、中国ウイグル問題や日本の外国人技能実習制度など各国・地域での個別課題に関心が集まりがちです。これらは深刻な課題ですが、あくまでも氷山の一角で、その底流にはグローバル社会に深く根ざした構造的な人権問題があります。こうした背景があるため、特定の国・地域を対象とした取り組みだけでは不十分で、なぜこの施策が必要かという、「ビジネスと人権」をめぐる政策そのもののビジョンが問われるのです。
指導原則の第二の柱は企業の人権尊重責任です。日本では「自社の人権課題とは何か」という問いに、戸惑う担当者の声をしばしば耳にします。まずは、企業活動から影響を受けるステークホルダーとエンゲージメント(対話・協働)しながら、優先度を考慮し、人権課題を特定する必要があります。
企業の事業内容や展開国・地域は様々で、チェックリスト方式などは本来通用しません。さらに、児童労働や強制労働といった名前が、まだ付いていない人権侵害は多数あります。
事業・業務と人権のつながりを見つけ、事業が人権に及ぼす影響を評価することができれば、気候変動や新型コロナウイルス感染症などの課題とも乖離(かいり)せず、グローバル社会の持続可能性につながる課題設定に結びつきます。
菅原絵美(すがわら・えみ)大阪大学博士(国際公共政策)。専門は国際法、国際人権法。