昨夏に中国の就労状況を取材した際、現地の転職エージェントにも話を聞いた。真っ先に質問したのは、アメリカで人工知能(AI)を研究した新卒学生を年収80万元(約1300万円)の初任給で採用した話についてだ。実は、そのエージェントでもこうしたハイスペック学生を企業へ紹介しており、実際、80万元で決まったケースもあるという。「ただし」とエージェントは付け加えた。
そこまでお金を払う対象の学生とは、アメリカでもその分野のトップ大学、たとえばカーネギーメロンやスタンフォードを卒業していて、在籍していた研究室もずばり人工知能系でないとだめだという。そこまでそろう学生は、「いかに中国人の米国留学生が多いとはいえ、年間10人もいないはず」とそのエージェントは笑っていた。
日本でも、希少価値が高い理系、とりわけ機械・電気系の学生は新卒でもエージェントが相手をするケースがある。中国も同様なのか? と聞くと、実際そうだった。ここでも彼は「ただし」と付け加える。中国人新卒の初任月給はなべて1万元(16万円)だという。中国は日本に比べてボーナス割合が低いので、この月給だと年収は200万円強にとどまるはずだ。日本の大手メーカーの初任給の半分くらいではないか。
そう、「中国企業が超高給で理系学生を集めている」という話も、事実を確かめると、この程度に落ち着く。さしずめ、「幽霊の正体見たり枯れ尾花」といったところだろう。
新卒就職の話はこれくらいにして、転職はどうなのか、に話題を変えた。取材に同行した日本の大手メーカーの元部長がこんな話をする。「終身雇用といわれる日本でも、最近では2~3回転職する人が増えていますが……」。話が終わらないうちに、現地のエージェントが質問した。「2~3回というのは、どのくらいの期間で、ですか?」。もちろん、一生で、という意味ですよ、と返すと、エージェントは苦笑いしながら首を振り、こう答えた。「こちらでは、1年で2~3回という人もざらです」
その話を聞いて、さすがに私も驚きを禁じ得なかったが、じっくりその内情を聞くと、驚きはさらに拡大していく。ただし、その驚きは決していい意味でのものではない。昨今、IT(情報技術)開発やニュービジネス展開などで世界の最先端を走る中国企業が多いにもかかわらず、人事管理は残念なほどに遅れていたからだ。
事情を知らない人が、「これからキャリアを積むなら中国だ」などと騒がないよう、次回は中国の人事管理について詳しく書くことにする。
(雇用ジャーナリスト)