就職活動は学生が社会に出る入り口である。しかし、その最初から「本音と建前」、もう少し厳しい言葉を使えば「嘘」の問題に学生は数多く直面することになる。例えば、政府が企業に要請する採用スケジュールは大学3年の3月解禁だが、多くの企業はそれ以前からインターンシップなど実質的な採用活動を始めている。ホームページには「本イベントは採用とは関係ありません」とあるが、信じる学生はいない。
また、会社説明会で学生は「学歴フィルター(学歴による対応の区別)はありますか?」と質問し、企業は「ありません」と答える。しかし、偏差値の高い大学の学生にはスカウトメールが飛び交うが、そうでない学生には届かない。コストやパワーを考えると学生全員に同じことができるわけがなく、確率論から対応を変えること自体悪いこととまでは言えない。ただ、「そういうことをしています」とはどうしても言えない。
企業側だけではない。「当社は第何志望ですか?」と面接で質問された学生は「御社が第1志望です」と答える。正直、聞く方が野暮(やぼ)だと思う。立場の弱い学生が、「御社は第4志望です」と正直に答えることなどできない。実際、それを聞いても担当者は「本当は違うのだろう」とわかっている。ただそういう意味のない問答で、真面目で誠実な学生は本来必要のない罪悪感を植え付けられることになる。そして、本当の第1志望に合格した時に、どう辞退すればよいか悩むのだ。
これらの「嘘」は就職活動、採用活動において何十年も変わらない。学生は「社会では本当のことは言ってはいけないことになっている」「建前と本音を使い分けて生きるのが必要」ということを学ぶだろう。
確かに今の日本社会では建前と本音の使い分けができることは必要である。しかし、だからといって「就活でそれを学ばせているのだ。社会人になるための洗礼だよ」と訳知り顔で言う気にはなれない。本当はこんなことはやめた方がいいのはみんなわかっているのではないか。
懺悔(ざんげ)をすると私も昔、採用担当であった際に同じようなことをしていたので、人のことを責めることはできない。企業も学生もだましてやろうと思っているわけではなく、相手を傷つけまいとする気持ちと、完璧な正しさを求める「善意の世間」からの非難が怖いだけだ。だから、これだけ就活口コミサイトで「真実」がさらされている現在も、毎日「嘘」が生み出されている。
「嘘」を減らすには企業も学生も世間も就活を過度に理想化せず、営利企業が自己利益のために人材を探している現実を直視する方がよいかもしれない。そこに社会にとって何が最適かを探る視点はあるべきだが、企業はそれを最優先にできない。なのに一番にせよと求められ、真実は水面下に潜っていくのではないか。
(人材研究所代表)