毎年4月に新入社員が入ると、同時に「入社してすぐ辞める新人」が話題になる。SNSでも本人と思われる人による「今日入社式だったけど辞めてきた」などの投稿が拡散されている。あれだけ就活に労力をかけて選んだはずの会社を簡単に辞めてしまう人が増えているように見えるが、本当だろうか。
実態を見てみよう。厚生労働省の調査では大卒者の早期離職は実はそれほど増えていない。3年以内の離職率は約3割で30年以上大きな変化はない。1年以内の離職率も1割超で同様に変化はなく、全体で見れば増えていない。にもかかわらず、これほど話題になっているのはどういうことか。
一つは、企業側の新人定着への意識向上がある。少子化を背景とした構造的な人手不足・採用難により、採用に膨大なコストや手間がかかっているため、一人の社員が辞めることの損失が大きくなっている。
転職活動支援のMS Agentの調査では、半数以上の企業が新卒社員へのオンボーディング(新人の定着を目的とした人事諸施策)に力を入れていると回答している。HR総研の「若手人材の離職防止」に関するアンケートでも、若手が辞めることの問題は「採用・教育コストの損失」という企業が多い。
もう一つは、退職理由の「わからなさ」だ。近年「退職代行サービス」を使い、本人が会社と直接接触せず退職手続きを行うケースが出てきた。これで退職の本音に迫るのは不可能だ。そうでなくとも「びっくり退職」(予兆のない人が不可解な理由で辞める)という言葉がよく使われるようになっており、会社が理解できない退職が増えている様子がうかがえる。
こんなことが起こるのは、そもそも就職活動のプロセスでお互い信頼関係が築けていなかった証拠だ。新型コロナウイルス禍で始まったオンライン採用は、負荷の低さから企業と学生の双方から支持を受けて完全に定着した。一方で「入社を決めたが、本当にここでよかったのか」と不安を持ったまま入社する人を生み出した。表情や言葉のニュアンス、感情が伝わりにくいオンラインでは、やはり真の信頼関係は築きにくい。
これに売り手市場が拍車をかけている。企業からの内定が年々出やすくなっており、学生はいくつもの企業から内定をもらい、一社一社丁寧に吟味することがしにくくなっている。オンラインでの薄いコミュニケーションを複数の会社と限られた時間で行えば、当然ながら強い絆は生まれにくい。
早期離職は双方にとって不幸だ。特に個人には早期離職の履歴は消えない。10年たっても転職面接などで「なぜこんなに早く辞めたのか」と聞かれ続ける。売り手市場やオンライン採用で就活は昔より楽になったが、それに甘んじるのではなく、納得できるまで慎重に会社研究をしなければ落とし穴が待っている。
(人材研究所代表)