この数十年で企業においてメンタルヘルスは人事の一大テーマとなった。どの企業も社員の精神的健康に気を配り、予防策を考え、罹患(りかん)した後のフォローを手厚くしている。それ自体は大変よいことだ。しかしその裏で、最大の「予防策」として、メンタルヘルスの問題が発生しそうな人をあらかじめ採用時点で排除しようという考えが出てきている。
例えば採用面接において精神疾患の既往歴を聞く企業もある。職業安定法では求職者の個人情報は業務の達成に必要な範囲にとどめて収集しなければならないという規定があるが、既に治っている精神疾患の既往歴がそれに当てはまるかは微妙だ。
また、就活の適性検査の中で精神的健康度やストレス耐性を主に測るようなものがある。採用は多面的に人を評価して行うものであるから、測定すること自体は問題はないが、本質的理解のないまま結果が一人歩きすれば、精神的に弱そうだと評価された人たちのチャンスを奪ってしまう可能性がある。
過去の世界保健機関(WHO)の調査では、世界では10~19歳の7人に1人がメンタルの疾患を経験しているとあった。これほどいるかもしれない多数の人たちを採用除外の対象としていては、ただでさえ人手の足りない現代の日本社会は成立するだろうか。
そもそも、精神疾患にかかることは悪いことなのか。誰でも人生の中で逆境に陥ったり、負荷のかかる環境に長期間さらされたりすることはある。そこで心身の限界を超えて、精神疾患となることもあるだろう。むしろ、責任感が強く、頑張りすぎてしまう優秀な人がバーンアウト(燃え尽き)してしまうことは社会人でもよくあることだ。
筆者自身50年以上も生きていると、上司でも同僚でも部下でも、精神的に健康を害した人々にたくさん出会ってきた。彼らはその後治療を経て復活し、再び活躍している人もとても多い。もし、一度の罹患によってその後のチャンスを閉ざされていたとしたら、彼らの行った社会貢献度の高い仕事は生み出されなかったことになる。大きな社会的損失と言ってよい。
そう考えると、この人手不足という日本の労働環境は追い風かもしれない。これだけ多い精神疾患既往歴のある人を排除するような会社は、早晩必要な人材を採用できなくなるだろう。むしろ、誰でもなりうる精神疾患に適切に対応して、既往歴がある人をうまく活躍させることができる受容性の高い会社の採用力、人材獲得力は高まっていく。
誰でも時と場合によってはなりうるようなことを、採用評価の絶対的な基準とするようなバカなことをしてはいけない。それは社会的、倫理的にというだけではなく、経営的、経済的に考えても、メリットのある考え方ではないだろうか。
(人材研究所代表)