前回に引き続いて科学技術の進歩が私達の社会や日常生活、人権分野にどのような影響を与えているのか。最先端の科学技術とりわけセンサー技術の進化によって、どのような製品ができつつあるのか。また社会にどのような影響を与えていくのか。これらのことを考えることは極めて重要なことである。多様なセンサーを身につけた多くの製品群が誕生してくることは間違いない。
例えば情報科学技術の進歩によって、スマートグラス(高性能メガネ)がすでに開発されている。このメガネ一つで電話に出て会話をすることも、音楽やナビ音声を聴くことも、フレームをタップするだけでフレームに内蔵された骨伝導スピーカーで可能になる。どんなにうるさい場所でも骨伝導スピーカーなら確実に聴くことができる。
それだけではない。写真撮影もフレームをタップするだけである。顔認証技術と結びつければ、そのメガネをかけて接客するときに過去の顔データから名前や経歴、立場を骨伝導スピーカーで相手に知られることもなく、秘書のように伝えてもらうこともいずれ可能になる。私も日々多くの人々と出会う。その際、名前と顔が一致しないことも少なからずある。顔は知っているが、どの分野のどのような立場の人か分からないこともあり、会話をしながら会話相手の立場などを特定していく。駅や街角で親しげに声をかけられた場合などでも名前と顔が一致しないと相手に失礼になる。私はかなり正確に多くの人の名前と顔を記憶している方だと思うが、それでも不十分である。
大学で教えている学生になると数百人規模になる。そうした学生の名前と顔は覚えきれない。もし大学生が私に大学キャンパスで質問してきたときに、「〇〇くん、その回答は・・」といって名前を呼んだだけで一挙に学生との距離は縮まる。
外部の私の講演会に参加してくれた人でも同様である。もしその高性能メガネで講演会や研修会の参加者一人一人の顔を講演中にそのメガネで撮影していれば、私のどの講演会に参加してくれた人かが瞬時に分かる。
しかし以上のことは個人情報保護やプライバシー保護の問題に大きく関わる。つまり「スマートメガネの普及と人権やプライバシー保護」というテーマが社会的に重要な問題として浮上してくる。それだけではない。IT革命の進化は、多くの人々の個人情報をスマホやパソコンから容易に吸い取ることができるようにもしてしまった。こうした状況は多くの人々の人権に多大な影響を与えている。次回以降さらに具体的に紹介していきたい。
北口 末広(近畿大学人権問題研究所 主任教授)