劇的なスピードで進化するゲノム(遺伝子のワンセットのこと)革命は、IT(情報技術)革命とともに社会に多大な影響を与え、第4次産業革命を牽引している。
遺伝子解析は、はるかに速いスピードでできるようになった。かつて国際組織であるヒトゲノム解析機構(HUGO)は、ヒトの全遺伝情報を解析するヒトゲノム計画を完了するのに約10年の歳月と27億ドル(約3000億円)を費やした。それが現在では数時間と数万円の費用で可能になっている。
これらはコンピューターの演算能力の飛躍的な向上がなせる技である。演算能力の飛躍的な向上は、今日の「人工知能」進化の基盤にもなっている。そのようなスピードで遺伝子を解析できなければ遺伝子診断による個別化医療も実現しない。同様のガンであっても、同じ治療方法ですべての患者に効果があるとはいえない。ガン患者の体質によって効果は大きく異なる。多くのガン患者に有効な治療方法を確立するためには、ガン患者の体質によって抗ガン剤をはじめとする治療方針を変える必要がある。そのためにはそれぞれのガン患者の正確な遺伝子解析が求められる。それがかつては10年かかり、今日では先に紹介したように数時間でできる。これらの技術が個別化医療を支えている。
さらにどのような体質の人にどのような抗ガン剤が有効かを明らかにするためには、世界中のガン研究や医学的データを取り入れた分析・判断・認識が求められる。それらもIBM等が開発してきた「人工知能」ワトソンが可能にしつつある。これらを支えているのも飛躍的に向上したコンピューターの演算能力である。ディープラーニング(深層学習)や強化学習によって、ガンをはじめとする医学的データであるビッグデータを吸収し、自らガン診断や治療方針のルールを創造しているのである。すでにその診断や治療方針の成功例が報道されている。
それだけではない。ゲノム革命の進化は、遺伝子情報を編集する技術の飛躍的発展にも結びついている。ガンだけではなく多くの病気は遺伝的体質と密接に関わっている。体質に関わる病と感染してかかる病に大別できるが、体質に関わる病は遺伝子情報と密接に結びついている。感染してかかる病ですら、遺伝的体質が感染状況や感染後の症状に一定の影響を与える。これらの体質に関わる遺伝子情報を編集する技術が、四半世紀前と比較して劇的な進化を遂げている。その最先端技術が2012年に開発された「クリスパー・キャス9」である。これらは前回紹介したように医療・製薬・農業などを大きく変えるだけではなく、人権問題をはじめとする各分野に多大な影響を与え、新たな人権課題も惹起する。
北口 末広(近畿大学人権問題研究所 主任教授)