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【社会に出る学生のための人権入門】(第23回)人権とは? これからの社会と人権Ⅸ(2019/07/11)


 前回紹介したクリスパー・キャス9の技術は、遺伝子治療の進化や画期的な新薬開発にも大きな影響を与える。すでに創薬は、血友病や小児心臓病、各種ガンなどへの画期的な新薬の開発につながっている。難病治療でも病気の原因となる遺伝子変異を修正することによって決定的な治療法が開発されている。これまでは人間の筋肉や内臓、皮膚等を構成する体細胞の変異を修正する治療が中心であった。今後は数千種類もあるといわれる単一遺伝子疾患(メンデル性疾患)への治療、いわゆる卵子や精子、受精卵などの生殖細胞の遺伝子変異を修正することによる治療が求められてくる。テイサックス病やハンチントン病などが代表例である。但しこれらの遺伝子変異の修正は体細胞のように一代限りではなく末代まで続く。つまり現代の人間が将来の人間の遺伝子情報を人為的に変えることになる。

 こうしたことも倫理的な多くの問題を惹起する。「神の領域」といわれてきた人間の根源に関わることを、人間が勝手に変更を加えることによる新たな問題が生じる可能性もあり、極めて悩ましい問題でもある。これらの問題は、四半世紀以上前から遺伝子解析の進展とともに生じる多くの問題を研究する必要性を指摘して「エルシー」(ELSI)といわれてきた。「倫理的(Ethical)、法的(Legal)、社会的(Social)、問題(Issues)研究」のことである。各単語の頭文字を取って「エルシー」と名付けられた。今日ではエルシー以上に多くの問題をかかえているといっても過言ではない。

 また多くの動植物の遺伝子編集をすることは「遺伝子ドライブ」といわれている。人類にとって直接的に害になる遺伝子を人為的に駆逐したり、プラスになる遺伝子を繁殖させたりする技術である。これらも安易に実施すれば環境破壊や生態系の破壊につながる可能性を色濃くもつ。

 現代の地球の生態系は永久ともいえる歳月の中で作られてきたものである。生態系の基盤である各種遺伝子情報も何十億年という進化の過程で現代のものになった。ゲノム編集はそれを短時間で変えてしまう。それらが短期的には人類に有用に見えても長期的には生態系のバランスを大きく崩し、人類に予想もしないような災いをもたらす可能性があることも否定できない。一度破壊された生態系は容易に元には戻らない。かつて企業が多くの公害を生み出したが、上記の技術はそれ以上に多くの問題を生み出す。だからこそ多くの学生が就職する企業と人権がますます重要なテーマになっているのである。

北口 末広(近畿大学人権問題研究所 主任教授)


     

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