前回に引き続いてフェイク情報について考えていきたい。
現在、WHOによってパンデミック宣言が行われた新型コロナウィルス感染問題に関しても多くのフェイクニュースやフェイク情報が流布されている。それらのフェイクは感染拡大を防止するための取り組みを大きく妨害し、誤った予防措置を信じて間違った行動に走る人びとを増加させた。それだけではない。学生の就活問題にも大きな影響を与えている。
今回は前回の最後に述べたようにフェイクニュースによって多大な影響を受けた具体的な事例を紹介していきたい。
例えば2013年4月23日にAP通信のツイッターアカウントが乗っ取られ、「ホワイトハウスで2回の爆破事故、オバマ大統領が負傷」というフェイクニュースが流れた事件があった。このフェイクニュースによって、同日午後の米株式市場ではダウ工業株30種平均が数分間で140ドル超急落した。その後、偽情報だと判明するとすぐに急落前の水準に回復した。この急落によって米国株式市場は一時的に約13兆円も暴落したことがあった。この事件は「シリア電子軍」を名乗るグループが犯行声明を出していたが、一つのフェイクニュースがどれだけ大きな影響を与えるかを端的に示した具体的事例である。
今日のような新型コロナウィルス感染問題で多くの人びとの不安心理が頂点に達しているような状況では容易にフェイク情報を信じてしまうような土壌が形成される。数分で140ドルではなく、1日3000ドル前後も急落するような今日では、一つのフェイクが甚大な影響を与えかねない。
どの国の金融市場も政治・経済をはじめとする多様な情報によって株式市場は上下する。この約13兆円の暴落によって、多くの市場関係者に多額の利益と損失をもたらし、経済に一定の混乱をもたらした。武力で相手国の経済や国民生活に多大な影響を与えることは、多くの戦争で私たちは学んできた。それが今日では電子空間やそれを悪用したフェイクニュースによって可能になった。歴史的にも情報は戦争の重要なツールであったが、その在り方がインターネットの普及と人工知能をはじめとするIT革命の進化によって根本的に変化してきた。新型コロナウィルス感染問題でリーマンショックを超えるような経済危機とフェイク情報がクロスすればさらなる悪影響を与えかねない。こうした経済的危機はいうまでもなく企業の採用の在り方に大きな影響を与える。すでに国内でも就職内定取り消し問題が具体的な問題として報道されている。今だからこそフェイクではなくファクトを正確に把握することが就活生だけでなくすべての人に求められているといえる。
北口 末広(近畿大学人権問題研究所 主任教授)