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【社会に出る学生のための人権入門】(第35回)人権とは? 非常時の不安拡大は誤った判断を生む(2020/07/09)


 前回に引き続いて不安心理について述べていきたい。例えば政治問題でいうと日本国憲法の改正(改悪)案に関して、多くの市民の不安な心理に便乗して緊急(非常)事態条項の挿入が必要と主張している国会議員がいる。憲法と個別法の重みは決定的に異なるにもかかわらず、そうしたことを新型コロナウイルス感染禍という特殊で不安な社会状況下で進めようとしている。まさに「不安心理」に便乗した世論操作である。

 しかしそうした政治家が大衆の不安心理を巧みに利用し、政治的野望を果たしてきたことは多くの歴史的事実が証明している。その最たる事例がヒトラーに代表されるナチスドイツであった。社会学者のエーリッヒ・フロムは「自由からの逃走」(日高六郎訳・東京創元社)の中で「ヴェルサイユ(条約)体制の中で、経済にも展望が開けず、不安状態に置かれたドイツの民衆が、その解決を求めて自由の希求を放棄し、匿名の権威に服従することを求めた結果、ナチズムの台頭を許した」といった主旨の指摘をしている。この途上でナチスはフェイクニュースやフェイク情報を駆使して政治権力を握った。
 多くのドイツ国民がフェイクを信じるような社会的不安の中で、情報操作されやすい環境におかれていたのである。その結果が第2次世界大戦の勃発であり、多くの若者をはじめとする人びとの戦死であった。ドイツでは平和な時代が短い期間に戦争の時代に移行した。こうした歴史を決して忘れてはならない。多くの人びとにとって今日のような非常時は不安が増幅され、冷静な判断ができないということが少なからず起こる。

 繰り返しになるが、不安な心理状態は、情報操作や誘導を受けやすくする。こうしたことが集団的・社会的に行われる時代は危険な方向に進むこともある。今、新型コロナウイルス感染禍にあって、これまで経験したことのないような情報環境にあることを冷静に受け止めることが求められている。そうでないとこれまでは情報リテラシー能力が高いといわれてきた高学歴の人びとでも簡単にフェイク情報に騙されてしまい社会が危険な方向に誘導される。フェイクに関しては本連載ですでに多くを述べてきたが、今一度「情報がすべてを決する」という言葉を今日の社会状況をふまえて強く心に刻んでほしい。

 こうしたフェイクは差別にも密接に結びついている。新型コロナウイルス感染禍で多くのエッセンシャルワーカー(生活必須職従事者)への差別的対応はその最たるものである。特にこれから就職活動を経て社会に出て行く学生のみなさんに上記のことを強く申し上げたい。

北口 末広(近畿大学人権問題研究所 主任教授)


     

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