本連載でこれまでリクナビ問題やデジタル差別身元調査について執筆するとともにフェイク情報についても論じてきた。それは本連載のメインタイトルである「社会に出る学生のため」だけではなく、就活生を採用する企業のためでもある。
なぜならネット上に書き込まれている多くの個人情報には意図的で悪意に満ちたフェイク情報もあれば、半分冗談のつもりで書き込んだ個人情報もあり、善意で書き込まれたフェイク情報もある。こうした個人情報を一度ネット上で書かれてしまうと、容易に消すことができなくなり、それらの消えない個人情報によって、学生の能力や適性が正当に判断されないことが実際に起こっている。一般的には「デジタルタトウ」と呼ばれている。人事担当者にそうした知識がないと容易に間違った採否判断が行われることになり、優秀な人材を逃すことにもなる。さらにデジタル差別身元調査につながり、社会から指弾されることにもなる。
そこで改めて労働や雇用、採用について考察していきたい。いうまでもなく企業は、人を雇い入れ、それらの人びとに企業のために労働を提供してもらうことによって成り立っている。さらに企業で働いた人々が、労働の対価として得たお金で、企業が作り出した商品や製品、サービスを買うことによって成立している。企業から見れば「応募者」、「労働者」、「消費者」という人びとが存在するからこそ企業活動は成り立っているのである。まさに人々の労働は企業存立の基盤であり経済の源泉である。この労働が人びとや企業等に重要な役割を果たしているのである。
企業には上記三者のステークホルダー(利害関係者)が存在し、「消費者」に対しては安全な製品・サービスを提供する責任があり、「労働者」にはその働き方に関わって、労働基準法をはじめとする厳格な法整備がなされており、快適な職場で働く権利がある。同じように「応募者」が採用されるときには、職業安定法等の法整備がなされており、差別なく公平公正な基準で採否を判断される権利がある。また学生とって就職活動は単なる生活の経済糧を得るための手段だけではなく、人生の重要なテーマとも密接に結びついている。
就職活動を行っている多くの就活生をはじめとする人びとにとっては、人生の大きな節目でもある。就職活動の結果として獲得した仕事は、人間的尊厳の基盤であり誇りでもある。多くの人びとにとって、人間としての誇りは仕事や活動と密接に結びついている。だからこそ経済的な問題だけでなく、やりがいや誇りが持てないという理由で人びとは仕事から離れていく。同様に就職活動の失敗は社会人としての最初のつまづきになり、人生に大きなダメージを与える。それが社会や人びとにどのような影響を与えるかは次回に執筆したい。
北口 末広(近畿大学人権問題研究所 主任教授)