前回に引き続いて人びとと仕事の関係について述べておきたい。
パワハラ等が蔓延している職場からは人びとは離れていく。人間的尊厳が踏みにじられ、自信や誇りを持てない職場からも人びとは離れる。時にはメンタル不調を引き起こし病気になることもある。それは結婚も同じだ。職場でも家庭でも「心の栄養」を奪うような人と一緒にいることは精神的に大きな負担になる。逆に「心の栄養」を与えてくれるような人と一緒に働き、ともに生活することは充実した人生につながる。
3組に1組が離婚する時代であり、終身雇用が大きく崩れている時代である。離職が増加すればマッチングも増加しなければ、人びとは長期間の失業を強いられる。離婚や離職の時も人生の大きな節目といえるが、結婚や採用と違って人を選ぶ必要はない。
しかし結婚や採用に関わるマッチングの時は、どのような人を選ぶのかという選択を迫られる。
それが差別的になされれば結婚差別や就職差別が横行する。そしてその手段として差別身元調査が行われれば、その対象になった人びとの人生は大きくつまづき、人生全体に悪影響を与える。
こうした差別身元調査は今も行われている。差別身元調査の手段として行われてきた戸籍不正取得事件も後を絶たない。
かつて取り上げた改正職業安定法(1999年12月施行)第5条の4とその指針は、こうした差別身元調査を求職者の個人情報保護という視点で規制した。この前提になった立法事実が、大阪を中心に発覚した大量差別身元調査事件(1998年)であった。
また部落差別身元調査や「部落地名総鑑」を規制するために制定されたのが、1985年10月に施行された「大阪府部落差事象に係る調査等の規制等に関する条例」であった。本条例の立法事実の最大の一つが規制対象にもなった「部落地名総鑑」差別事件である。
今日、これらの立法事実になった事案が、IT革命の成果である電子空間やAIを悪用してなされているのである。こうした現実は、一般的な不祥事や過失が致命的な打撃になっているように、差別や人権侵害事案も巨大化、迅速化、情報化、国際化、多様化し、その悪影響は極めて大きなものになっている。そうした傾向が人生の重大な節目である就職時に悪影響を与え始めているのである。
北口 末広(近畿大学人権問題研究所 主任教授)