前回紹介してきたように企業を取り巻く環境変化は、個人情報保護も含めた公正採用のさらなる強化を求めているといえる。それは形式的な公正採用ではなく、積極的差別撤廃雇用政策である。雇用の面におけるアファーマティブアクション(積極的差別撤廃策)ともいえる。こうした取り組みの強化は、企業の社会的評価を高めるだけでなく、確実な人財確保にもつながり、企業にとっても大きな成果をもたらす。
また雇用をはじめとする障がい者差別撤廃を促進する法制度の改正は、企業に「障がい者差別撤廃」から「障がい者の自己実現」を支援する役割を求めるようなった。それだけではない。これからは国の政策動向からも外国人労働者が増加していくことは自明である。まさに雇用と人権が企業活動にとって益々重要な課題に浮上している。
かつて社会的課題解決と競争力強化の両立を理念に掲げたマイケル・ポーター教授はCSV理論(Creating Shared Value)を提唱し、企業は社会と共有できる価値を創出すべきだと説いた。CSVとは、社会的課題の解決と企業利益、競争力向上を両立させ、社会と企業の両方に価値を生み出す取り組みである。そのCSVの三つの方向性として、①社会的課題を解決する製品・サービスの提供、②バリューチェーンの競争力強化と社会への貢献の両立、③事業展開地域での競争基盤強化と地域貢献の両立を提起した。それらの社会や地域への貢献の最重要課題が、快適な職場を提供するという企業の採用や雇用活動である。
このように雇用はCSVの観点からも企業にとって、極めて重要な課題であるといえる。社会的課題の解決としての雇用だけではなく、企業利益、競争力向上のためにも雇用は重要課題なのである。応募者は企業の重要なステークホルダーでもあり、公正な採用と快適な職場創造が企業の長期的発展を可能にする。雇用の在り方が企業の盛衰を決定するといっても過言ではない。
今日的な公正採用基準を満たさない採用活動で不祥事が発生すれば、企業価値は大きく低下する。不祥事が発生してからの事後的コンプライアンスよりも、不祥事が発生する前の事前的コンプライアンス、予防的コンプライアンス、問題発見的コンプライアンスの視点が強く求められているのである。
新型コロナウイルス感染症禍において採用活動や就職活動が大幅に変化し、雇用情勢も極めて厳しい状況におかれているからこそ企業の社会的責任を果たすという観点をさらに強化しなければならないのである。新型コロナウイルス感染症問題以前から厳しい雇用環境におかれていた人びとの多くが失業状態になっていることも社会的に極めて重大な問題であること厳正に受け止める必要がある。
北口 末広(近畿大学人権問題研究所 主任教授)