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【ビジネスと人権を考える】関係者の「声」が問題を可視化 大阪経済法科大学教授 菅原絵美(2021年11月17日付 日本経済新聞 朝刊より転載)(2022/03/03)


 企業の人権尊重責任としてまず求められるのは、防止の取り組みである人権デューデリジェンスの実施ですが、いくら予防しても侵害は生じてしまいます。国連の指導原則では、企業活動で人権が侵害されたステークホルダーが、苦情(グリーバンス)を企業に訴えることができるメカニズムを設けることを勧めています。これがグリーバンスメカニズムです。

 そもそもグリーバンスとは何でしょうか。日本語では「苦情」と訳されることが多く、クレームに近いイメージを持たれますが、企業活動から受ける悪影響を懸念するステークホルダーの声のことです。その声により人権デューデリジェンスでは可視化されなかった問題が浮かび上がれば、企業は深刻化する前に対処することができます。ゆえに、現場に近いメカニズムを設けることが実効性の点で重視されます。

 ではどのような仕組みを設けることが望ましいのでしょうか。例えば、社内の相談窓口や第三者による社外相談窓口に加え、労使間の社会対話、お客様窓口での対応など、今あるメカニズムも有効活用できます。最近では、非政府組織(NGO)などが開発したスマートフォンアプリを活用して、バリューチェーン上の労働者の苦情を受け付ける仕組みも広がっています。

 グリーバンスメカニズムはステークホルダーを企業による人権侵害やその恐れから救済するための仕組みです。企業活動から被害を受ける当事者がその企業のメカニズムを利用できるようになるには、企業と当事者とのエンゲージメント(対話・協働)の場になっていること、当事者が自身に利用する権限や資格があると認識できていること、そして実際に利用するよう意識づけられていることが土台となります。

 繰り返しになりますが、人権デューデリジェンスやグリーバンスメカニズムを整えても、どうしても想定外の人権侵害は起こります。ステークホルダーから寄せられた声を単なるクレームとするのではなく、そこから人権侵害やその可能性を考えられるよう、「ビジネスと人権」の視点がここでも鍵となります。

菅原絵美(すがわら・えみ)大阪大学博士(国際公共政策)。専門は国際法、国際人権法。


     

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