「ビジネスと人権」への視点は、サプライチェーンと呼ばれる調達や製造委託などの上流だけでなく、製品・サービスによる消費者への影響、さらには第三者が製品・サービスを使用することによる人権侵害という下流にも及びます。
製品・サービスといえば、製品の安全や衛生に関する取り組みがまず思い浮かぶのではないでしょうか。これらは消費者の身体の安全や健康への権利などと関係しています。さらに健康への権利から、食品の過剰摂取や無理な減量を助長するような広報やマーケティングも問題となります。違う観点からは、男女の性別役割分業を固定化するような表現・内容も注意しなければなりません。
一方、第三者が自社の製品・サービスを本来の目的と異なる形で使用したことで、人権侵害が深刻化した場合はどうでしょうか。例えば、米GEヘルスケア社の超音波機器が、インドで女児堕胎を助長(男女の産み分けに利用)した事例や、米マイラン社の医薬品が米国での死刑執行に使用されていた事例があります。特に後者の事例では、死刑を人権侵害だと認定している欧州のステークホルダーから、企業に是正・救済が求められました。
また、紛争影響地域での「ビジネスと人権」への関心も高まっています。イスラエル政府によるパレスチナ入植活動は国際社会で繰り返し国際人権法違反であると確認され、入植に関与する製品・サービスを提供する企業の人権尊重責任が指摘されています。
さらに、消費者および地域社会を越えて、製品・サービスを通じたバリューチェーン全体での人権への負の影響が懸念されるているのが、人工知能(AI)の問題です。
AIは、採用やマーケティング、社会課題やニーズの発見など、私たちが普段から目にするさまざまな場面で活用されています。例えば差別的なアルゴリズムが設定されたり、AIの学習データに偏りがあることで特定の人々が排除されたり、とり残されたりする可能性があります。AIを利用する企業はもちろん、提供する企業にとっての課題でもあります。
菅原絵美(すがわら・えみ)大阪大学博士(国際公共政策)。専門は国際法、国際人権法。