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【ビジネスと人権を考える】欧州の先進的な取り組み 大阪経済法科大学教授 菅原絵美(2021年11月23日付 日本経済新聞 朝刊より転載)(2022/04/07)


 企業や市民社会、政府が今、最も関心を寄せる「ビジネスと人権」課題は、「人権デューデリジェンスの義務化」でしょう。欧州連合(EU)ではコーポレート・デューデリジェンスおよびコーポレート・アカウンタビリティに関する指令(以下、EU指令)が検討され、欧州議会は今年3月に指令案を発表しました。

 この「人権デューデリジェンスの義務化」という用語には注意が必要です。正確には、指導原則にある「企業の人権尊重責任」が国内法化され、社会的責任から法的責任になりつつあるということです。当然、国内法化の過程で規定内容にはばらつきが出ます。

 EUからは離脱しましたが、英国の現代奴隷法(2015年)は現代奴隷に関する人権デューデリジェンスの情報開示を求め、その履行確保は市民社会のモニタリングに頼る仕組みです。フランスの企業注意義務法(2017年)では情報開示だけでなく、人権デューデリジェンスの実施自体に、司法による制裁や救済といった形で法的責任が問われます。

 これに対し、ドイツで今年成立したサプライチェーン・デューデリジェンス法は、先に紹介したグリーバンス(苦情)メカニズムまでを義務とし、義務違反には罰金を科します。

 なお、欧州議会の指令案では人権デューデリジェンスだけでなく、グリーバンスメカニズムや救済の導入を企業に求め、その履行確保にあたっては司法的制裁や救済、罰則の設定まで含みます。しかしながら「指令」案であることから、国内法の相違が今後も残ることが懸念されています。

 ところで、このように進んでいる「人権デューデリジェンスの義務化」の動きは、そもそもバリューチェーンにおける人権の尊重に寄与するものなのでしょうか。「公正な競争環境(level playing field)」を実現するために、義務化が必要であるという主張をよく見かけます。これがグローバル経済における公正さを求めるものなのか、それとも先進的に取り組む企業が、企業間競争で生じる不公平さから訴えているものなのか、慎重な見極めが必要でしょう。

菅原絵美(すがわら・えみ)大阪大学博士(国際公共政策)。専門は国際法、国際人権法。


     

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