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【社会に出る学生のための人権入門】(第59回)情報環境の劇的な変化と人権②(2022/07/14)


 前回のテーマを具体的に考えていこう。例えば現代医学は個別化医療の時代に入っているといわれている。同じような癌であっても、その患者の遺伝的な体質等によって治療法は異なる。これらは遺伝子解析の進化と多くの治療データというビッグデータの解析によって可能になった。未だ途上であるが大きな成果を上げつつある。その最先端の一つが東京大学医科学研究所とIBMが共同研究している癌診断「ワトソン」というAIである。ワトソンは癌患者の正確な診断を行ない、遺伝的体質や治療歴等を分析した上で最適な抗ガン剤等を選択し提案するために開発されている。これらは人の病気を治療する目的のための個別化医療の一つである。

 同じことは教育にも応用できる。近年の予備校や塾では「個別指導」という指導方法を掲げて塾生を募集しているところも多くある。個別化医療と重ねて表現するなら「個別化教育」ということもできるだろう。本来教育はそうのようにあるべきだ。教育対象である人はすべて異なる。同じ人はいない。

 私も大学の教育・研究者として30数年に渡って多くの学生を教育してきたが、入学試験に合格してきた学生でもその知識レベルはかなり差がある。運動能力や体質も性格も脳もすべて違う。脳の構造やこれまでの学習経験等によって得意分野も不得意分野も大きく異なる。これまで怠惰であった学生があることをきっかけに急速に勉学に意欲を燃やして法的能力やその他の能力を向上させる学生もいる。「人を見て法を説け」という故事があるように、その学生の性格や特性、考え方等をふまえた上で言葉をかければやる気が急速に向上する学生もいる。しかし同じ言葉をかけてもやる気を出さない学生もいる。酷い場合は同じ言葉で勉学の意欲をなくしてしまう学生もいる。まさに先述した故事のように個々人の特性に合わせた言葉がけや指導方法が必要なのである。それらが適切であれば必ず伸びる。適切な言葉がけや指導があれば「やる気」は必ず向上する。それが「目的」や「存在感」をもつことにつながる。

 個別化医療が癌研究や患者のビッグデータの多さによって、より診断能力の高い診断AIを創造できるように、教育に関するビッグデータも個別化教育の方針をより正確に提案できるAIを創造することにつながる。つまり各種のビッグデータと、そのAI分析がビジネスや事業の発展にも大きく関わっている。まさにデジタル情報資本主義といわれる所以である。

 しかしこうした時代は人に関わるビッグデータが重要な「資源」になる。こうした状況は基本的人権としての個人情報保護がますます重要なテーマになることを示している。

北口 末広(近畿大学人権問題研究所 主任教授)


     

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