これまでの本連載でビッグデータやAI(人工知能)、アルゴリズム(計算手法)等をキーワードに情報環境の劇的な変化とビジネス、広告、教育、人権等について論じてきた。
かつて紹介した今日のマイクロターゲティング広告は、商品やサービスを販売したい広告主の側から見れば「人を見て法を説け」という言葉を広告の分野で忠実に実践していることになる。広告内容をふまえた上でその広告に最も影響を受ける人びとに向けた広告である。前回、前々回は教育の分野を中心に論じた。
20世紀までは広告主や広告企業の側が個々人の特性や趣味嗜好を把握することは困難であった。しかし今日ではクッキーとアルゴリズムを駆使すれば個々人の趣味嗜好や特性が容易に把握し分析できる。それらのデータに基づいてAIを活用すれば、個々の人びとを狙い撃ちした広告を作成し送信することも可能になった。これは政治広告でも可能だ。上記に記したことはすでに本連載で紹介してきた。
2016年の米国大統領選挙でトランプ陣営では毎日毎日約5万種類の短文の選挙広告を作成し、その広告内容に最も影響を受けると思われる個々人に送信していた。こうした選挙広告が大統領選挙の勝敗に影響を与えたといわれている。その選挙広告内容にはフェイク(虚偽)情報も多数含まれていたと指摘されている。
しかしこのマイクロターゲティング広告の手法を正しく活用すれば、「マイクロターゲティング教育」は部分的に実践できる。かつて大学で多数の学生を講義室に集めて講義するマスプロ教育が批判されたことがあった。ご存じのように「マス」には「大量」「多数」「大衆」といった意味がある。「マスメディア」のように同じ情報を「マス」(=大量)に送ることから「マス」の個々人に異なった情報を送付すれば「マイクロ『マス』メディア」が実現する。もし「マイクロ『マス』教育」ができれば「人を見て法を説け」を部分的に実践することができる。
但し個々の人びとの趣味嗜好や思想信条に合致した情報だけを送信するフィルターバブルになってはならない。これらの情報送信手法が人びとの思想を集団的に偏らせる「集団極性化現象」につながった。それらが民主主義や社会を大きく歪めている。教育の場合もそうした現象が起こらないように十分な注意をする必要がある。しかしビッグデータを活用することによって、教育以外の分野でも人権確立の前進のために人権侵害の予防・発見・支援・救済・解決等のために大きく貢献できる。そうした取り組みがより一層前進することを願っている。
北口 末広(近畿大学人権問題研究所 主任教授)