前回、お金も暗号資産という情報になったことを紹介した。2018年1月にコインチェックから盗まれた約580億円も暗号資産であり、「暗号」情報が盗まれことによる被害である。その盗まれた暗号資産のほとんどはマネーロンダリングされ、現金をはじめとする他の通貨に変換された。これらの変換された貨幣で経済活動を自由に展開することができる。戦争や紛争で敵兵を殺傷するために使用する現実の武器を購入することも可能だ。暗号資産であらゆるものを購入することもできる。
こうしたサイバー攻撃は情報攻撃の一形態である。本年10月31日に発生した大阪急性期・総合医療センターもランサムウェア(身代金要求型ウイルス)によるサイバー攻撃を受けた。甚大な被害であり完全な復旧は年明けになると報道されている。患者の電子カルテ等が使用できなくなった。私は本年9月16日に多くの病院を運営している法人のトップセミナーで「激変する社会と新たな人権課題~IT革命の進化をふまえて~」というテーマで講演をしたときにサイバー攻撃について具体的な事例を紹介しながら甚大な損害と防御の体制の必要性について警鐘をならした。病院の場合は経済的な損失だけではなく、人びとの命という最も重要な人権に重大な影響を与える。しかしネット時代の今日、ランサムウェアはあらゆるところから進入してくる。
米国でも東海岸で約45%のシェアをもつ米コロニアルパイプラインという石油パイプラインを運営する企業が、昨年5月ランサムウェアによるサイバー攻撃に受けた。攻撃の初動から身代金を奪取する犯罪完結までのすべてが情報を駆使することによって成り立っている。日本円にして5億円以上を犯罪者に渡すことになった。攻撃対象となったパイプラインにとっては、爆撃や爆破されるのと同じように身代金を支払うまでの5日間稼働することができなくなった。
これらのサイバー攻撃が戦争でも多用されるようになった。サイバー攻撃の特徴は敵や味方がどこに潜んでいるのか分からず、サイバー軍は国家を超えて組織できるところにある。現在進行中のロシアの侵略によるウクライナとの戦争ではウクライナのミハイル・フェドロフ副首相が中心となって、SNSを駆使した熾烈な情報戦が展開されている。国力や軍事力でロシアより大きく劣るウクライナが情報戦ではリードしている。とりわけロシアの侵攻をうけた直後である2月27日にはメッセージングサービス「テレグラム」で志願制のIT軍「IT ARMY of Ukraine」というチャンネルを開設している。そしてその志願制のIT軍に世界中から30万人以上が参加している。こうした時代においては人権侵害や差別の形態も大きく変化していく。今日そうした時代に適応した人権擁護や差別撤廃の取り組みが求められている。
北口 末広(近畿大学人権問題研究所 主任教授)