前回の最後にウクライナが強大なロシアに対抗するため志願制のIT軍を創設し、世界中から30万人以上が参加していることを紹介した。情報戦はそれだけではない。物理的破壊を受けたウクライナの通信施設をカバーし、廃墟の内からでもインターネットに接続できるようにした。イーロンマスク氏が経営している衛星ネット「スターリンク」を利用できるように要請し、ネット回線や端末の小型アンテナ(直径約55㎝)の確保を実現した。要請から10時間後にはマスク氏から「OK」との回答を得、その後に数多くの端末がウクライナに届いた。このシステムを使用するための専用スマートフォンアプリは、3月のある日、世界で最もダウンロードされたアプリになった。
こうした成果が情報戦においてウクライナを優位にしたのである。それらが戦争の悲惨さ虐殺の実像を世界中に伝えることにつながった。キーウ近郊のブチャをはじめとする非道な市民への虐殺やマリウポリの惨状などに代表される写真や映像の世界配信につながった。戦争が最大の人権侵害であることを顕著に物語る写真や映像が世界中に広がった。これらの映像はロシアによるフェイク情報の拡散による悪影響をくい止めることに大きく役立ち、多くの国家からのウクライナに対する具体的な支援につながった。その最も重要な一つが世界の多くの国家による経済制裁である。プーチン大統領はロシアの経済は大きな影響を受けていないと発信しているが、間違いなく大きな影響を受けている。そうした現実が財政面や経済面から戦争継続を難しくしている大きな要因になっている。
さらに重要なのは情報戦の勝利が多くの国の世論を大きく動かし、ウクライナに対する武器供与が飛躍的に前進したことである。そしてそうした国々の兵器の方がロシアの兵器よりもIT(「情報」技術)化が進んでいるという現実である。供与された武器は重厚長大なイメージのあるロシアの兵器をITで大きく上回っている面をもっている。それがアッという間にキーウを制圧してウクライナにロシアの傀儡政権を樹立することになるといった予想を大きく覆した。
また情報は情報操作のためだけではなく、情報そのものが情報攻撃の武器になっている。サイバー攻撃はその際たるものである。サイバー攻撃はこれまでの「武器」というイメージとは決定的に異なる。しかし攻撃対象に与える影響は「武器」以上の被害になることも存在する。また前回紹介した米国のパイプラインのように敵国の有用な施設等を無傷のまま奪取することも可能にした。
以上のように情報は戦争に大きな影響を与えるだけではなく、政治・経済・ビジネス・人権をはじめ採用や就職活動等あらゆる分野に重大な影響を与えている。今一度、「人権」にとって「情報」が極めて重要な意味を持っていることを強調しておきたい。
北口 末広(近畿大学人権問題研究所 主任教授)