前回紹介したように米デュポン社のCEOであったウーラード会長は、環境面の責任を認識しつつ環境上のチャンスをつかみ取ることが重要だという時代認識があったからこそ他の企業よりも早くオゾン層を破壊しない「代替フロン」製造への研究着手への決断を行なった。そうした決断がどこよりも早く「代替フロン」の製造に成功した要因であった。この成功を知ったとき彼の後半の言葉「21世紀が始まる頃に世界の主要な地位にある企業は環境上のチャンスをつかみ取る企業だ」ということの意味が明確に具体的に認識できた。私もそれ以前から「クライシスをチャンスに」という考え方の下、同様の考えをもっていたが、もし私が経営者であったとしても上記のような具体的経営方針を決断するような能力はなかったといえる。環境が今日のような大きなビジネスになるとは考えていなかった。
激変する時代において生き残る組織は大きな組織でも強い組織でもない。時代に適応した組織だと機会ある毎に述べてきた。現代においてもIT革命の進化とともに激変する時代に適応した企業が急激な成長を遂げている。GAFAM(ガーファム)(グーグル・アップル・フェイスブック《メタ》・アマゾン・マイクロソフト)に代表されるプラットフォーム型企業はその際たるものだろう。しかしこうした企業も時代認識を誤ると大きく後退することもあり得る。それは企業だけではない。すべての組織が同様である。米国を代表する企業S&P500の平均企業寿命は四半世紀前は約60年であった。それが現在では18年といわれている。多くの企業が買収・合併・淘汰されている。このような時代だからこそ企業を取り巻く時代認識がこれまで以上に重要なのであり、時代のキーワードを的確に把握することが求められている。今日の時代のキーワードは「人権」「環境」「安全」「情報」である。とりわけ「人権」は環境・安全・情報の基盤をなす。まさに「一人ひとりの人権を実現する」ことが最も求められている国際課題になっている。
「何のための地球環境保護か」、「何のための安全か」、「何のための情報か」と自問自答して行けば、「一人ひとりの人権を実現する」ためだということは自ずと分かる。環境破壊や戦争、個人情報流出という状況では一人ひとりの人権は実現できない。そして先に紹介した「環境」を「人権」に置き換えれば「ビジネスと人権」のつながりや重要性が明確に理解できる。先に紹介したデュポン社の事例は1990年代である。当時と今日では企業の環境に対する認識は大きく異なる。企業にとって環境保護はビジネスを進めていく上で負担になる課題という捉え方が大半だった。現在のように環境ビジネスという概念はほとんどなかった。そうした時代にウーラードは先のような発言を行ない、ビジネスチャンスにしたのである。そうした発想がますます求められている。
北口 末広(近畿大学人権問題研究所 主任教授)