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【社会に出る学生のための人権入門】(第80回) チャットGPTがこれからの社会に与える影響⑫(2024/04/11)


 これまで述べてきたようにチャットGPTは社会にプラス面・マイナス面で重大な影響を与える。その中でも最も重大な問題がフェイク情報である。民主主義社会に与える影響はとりわけ大きい。政治権力は社会の隅々にまで影響を与える。政治はその国の国民だけではなく、他国の人びとの生命にも影響を与える。2022年2月24日にロシアがウクライナに侵攻し、今もその戦争は続いている。両国民を中心に多くの生命が奪われている。国家や政治権力の判断によって多くの兵士や一般市民が殺害されている。端的に言えば政治権力は人びとの命にまで影響を与えるということだ。その政治にフェイク情報は圧倒的な悪影響をもたらす。正確な情報と民主主義は一体であり、フェイクと独裁も一体である。民主主義的な国家も独裁的な傾向が強くなればなるほどフェイクが横行する。そのフェイクの増産と拡散に生成AIは大きな影響を及ぼし強力な情報武器にもなる。

 民主主義の基盤である選挙は情報戦の最たるものだ。生成AIは最先端の情報機器である。これまで多くの情報機器が創られてきたが、人びとの多様な質問や要望に応えて文章や画像、音声で人間のような回答を生成する機器はなかった。ネット上から蒐集した個人データに社会心理学的知見を加えて分析すれば、個人の思想信条や趣味嗜好をある程度まで把握することができる時代になった。それらの情報を学習すれば生成AIは、個々人を情報操作するための的確な政治広告を作成することも可能になるだろう。多くの人びとの心や思考に影響を与えるメールをはじめ多様な電子広告を送信することもできる。

 2016年の米国大統領選挙に勝利したトランプ陣営は、「ケンブリッジ・アナリティカ」という英国系の情報分析選挙コンサルティング企業の支援を受けて、個人情報の分析に基づいて毎日毎日4万~5万種類のメール広告を作成し、その内容に最も影響を受けやすい人びとに送信していた。この企業は2018年に当時のフェイスブック(現在の「メタ」)から違法に個人情報を奪取していたことが内部告発によって明らかになり倒産した。2016年にはチャットGPTに代表される生成AIはなかった。それでも上記のようなことが可能であった。これに日進月歩で進化している生成AIの能力をプラスすれば、より多様で緻密で強力な政治選挙広告を膨大な有権者を対象に送信することができる。これらの広告によって数%の有権者の投票先が変化すれば選挙結果は大きく変わる。特に米国大統領選挙のような制度であれば1~2%の有権者の投票行動が変化するだけで激戦州の選挙結果は逆転する。政治が変われば経済が変わり、経済が変わればビジネスや労働の在り方も変化する。こうした面でも生成AIと人権は最大の課題になるだろう。

北口 末広(近畿大学人権問題研究所 特任主任教授)



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