前回に引き続いて生成AIと選挙について述べていきたい。投票行動の変化は投票先が変わることだけではない。敵対陣営を支援している有権者が投票に行かないだけでも自陣営にはプラスになる。日本国内においても選挙時に浮動層(票)と言われる有権者(票)は少なからず存在する。米国のおいても投票先が揺れ動く有権者(スイングボーター)は一定の割合でいる。それらの人びとは微妙な情報によって投票先が変わったり棄権したりする。その微妙な情報を創り出すことができるのが生成AIだ。
この生成AIに心理学や社会心理学の知見を加えれば多くの有権者の心をさらに左右できることになる。生成AIにファインチューニング(追加学習)をすれば間違いなくそのジャンルで進化する。例えば心理学でいう「フレーミング効果」という心理現象がある。同じ内容であっても表現の仕方によって人びとの受け取り方が変化することだ。例えば大阪市で2015年5月17日と2020年11月1日に実施された住民投票に対する世論調査では、「大阪都構想」という表現で賛否を問うと賛成が多く、同じ内容であってもより正確に表現した「大阪市廃止分割構想」という表現で問うと反対が多くなった。住民投票に対する宣伝戦につぎ込まれた費用は圧倒的に賛成側の陣営が多かったといわれているが、結果は反対多数になった。つまり同じ内容でも表現方法を変えるだけで有権者の捉え方が大きく変化したということだ。こうした知見は認知心理学や行動経済学等の分野でも研究されているが、バイアス(偏り・偏見)分野の研究でも取り上げられている。これらの成果を生成AIが追加学習すれば、より強力に人びとの心に訴える文章やイラストを創造することが可能になるだろう。まさに一定の目的をもった人びとが生成AIを利用することによって、より強力な情報操作を行なうことができるようになる。
端的に言えば選挙において極めて有効な情報戦の武器になるということだ。生成AIの多くの言語を翻訳できる能力がさらに深化すれば、情報操作は言語の壁を乗り越えて世界的な規模でますます容易になる。言語を翻訳するというのは、その言語を使用している国や民族の文化をはじめとする思考等を正確に把握しなければできない。チャットGPTが紡ぎ出す日本語を読んでいると日本文化も理解しているように思える。
一方でこの生成AIはフェイク情報の爆発的増加にも深く関わる。フェイクが氾濫すれば間違いなく社会の根幹を揺るがす。政治が歪めば経済や教育をはじめ社会のあらゆる分野も多大な影響を受ける。そうした面をふまえた上で生成AIの活用を考えていくことが強く求められる時代になっていることを忘れてはならない。
北口 末広(近畿大学人権問題研究所 特任主任教授)