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【社会に出る学生のための人権入門】(第82回) チャットGPTがこれからの社会に与える影響⑭(2024/06/13)


 「人の命は地球より重たい」といわれながら、昨年と今年だけでも多くの人びとが戦争で亡くなっている。日々の戦争報道によって日毎に何十人何百人という戦死者の数字がメディアによって報道されている。かつてプロイセンの将軍であったクラウゼヴィッツが提唱した「戦争とは他の手段をもってする政治の継続である」といった言葉があるように戦争の原点は政治にある。逆にいえばだからこそ戦争を止めるのも政治には可能なのだ。その政治に圧倒的な悪影響を与えているのがフェイク情報だ。SNSで広がっていくフェイク情報は、ファクト(事実)に比較して拡散力は100倍で拡散速度は20倍であると本連載で紹介した。これはマサチューセッツ工科大学(MIT)が当時のツイッター(現在の「X」)の協力を得て実験したデータで明らかになっている。

 民主主義政治の基盤はいうまでもなく正しい情報とそれらの情報に基づく市民の自由な政治判断である。フェイクが横行すれば市民の政治判断は大きく歪み、民主主義の基盤である選挙に圧倒的な影響を与える。フェイクに基づいて投票行動が実行されれば、本来求めていた政治権力とは異なった政権が誕生することになる。日本のような議院内閣制をとる国家においては政権を生み出すのは国会である。いうまでもなく政権を生み出し、その政権を監視する役割も担う国会は選挙によって選出される国会議員によって構成されている。それらの国会議員選挙でフェイクが横行すれば立法を担う国会や行政が大きく歪む。国権の最高機関である国会と行政権力を握る内閣が本来の民意とかけ離れた機関になれば、日本国内のすべてに悪影響を与える。そうした先にあるのは独裁的な政治である。独裁政治と民主主義は相容れない。しかし近現代において独裁的な政治は民主主義の装いで現われたことも多かった。その手段として利用されたのはフェイク情報である。そのフェイクが生成AIによって桁違いのスケールになった。生成AIはフェイクを文字だけでなく、画像や音声、プログラム等まで生成することができる。

 かつてナチスはその時代の最先端技術である映画を駆使して自らに有利なフェイクを広めた。多くのドイツ国民は、その映像を信じてナチスの候補者に投票した。ナチスは政権を取るまで国会における過半数を獲得することはなかったが、第一党になることはできた。その第一党の立場とフェイクを駆使して政権を獲得し、その政権を駆使して独裁体制を確立した。その後のドイツや世界がどのような状況になったのかは紹介する必要もないだろう。その重大な要因はフェイク情報を基盤とした政治宣伝あった。

北口 末広(近畿大学人権問題研究所 特任主任教授)


     

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